タイだ。

タイで外こもりニートの日記帳。

Archive for 5月 2010

寺の避難所銃撃の件

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ภาพชุด: ทหารเล็งปืนบนรางรถไฟฟ้าเหนือวัดปทุมวนาราม 19-20 พ.ค. 53 -prachatai
寺の避難所で6人が銃撃され死亡した件について、ステープ副首相(政府CRES)は今も治安部隊兵士の仕業では無いとしています。
一方上の記事では銃撃があった時、寺の前のBTS線路は治安部隊兵士により完全に掌握され、その兵士達しか居なかったことを示す写真を掲載しています。

ところでBTSの運行を止めたのは、兵士による狙撃拠点を確保する為だったようですね。当時は全く考えもしませんでした。

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Written by thaida

2010/05/27 at 12:08

カテゴリー: ニュース, 政治経済

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イタリア人ジャーナリストは何故死んだか

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How did the Italian journalist die? | Asian Correspondent
概要:

ステープ副首相(政府CRES)はイタリア大使との会談にて、死亡したイタリア人カメラマンの死因について「彼は治安部隊の兵士に密着取材していて、デモ隊が撃った一発のM79グレネードにより、並んでいた兵士と共に死亡した」と説明したようです。
しかしバンコクポストやAP等の数々のメディアが「腹部や胸を撃たれて死亡」という記事を書いていました。またタイラット誌によるとイタリア大使館から遺体の引き取りに来た時、医師が伝えた検死の結果は「弾丸により心臓を打ち抜かれた」というものでした。またカメラマンが死亡する直前に一緒に行動していた知人の記者は「我々はデモ隊の側に居て、煙の向こうから兵士達が前進してきた」と書いています。つまり治安部隊側に居たのでは無い。
数々のレポートでも検死でも銃撃されて死亡したのが明らかなのにステープ氏はイタリア大使を騙そうとしているのか、言い間違えたのか、それとももう一人の死亡した記者と混同しているのか。

怪しいですね。これ以外にも治安部隊と一緒に行動していた私服兵士、政府が否定している寺の避難所への銃撃による6人の死者など非常に多くの疑惑が有りますが、少しでも真相が明らかになって欲しいと思います。

Written by thaida

2010/05/26 at 19:55

カテゴリー: ニュース, 政治経済

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タクシン氏動向

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法務省特別捜査局(DSI)はテロリストの容疑でタクシン氏への逮捕状を発行しました。これを受けてタクシン氏がtwitterで語っていたので要約を載せておきます。

タクシン氏は先程twitterでカンヌ国際映画祭で賞を取ったタイ人の監督への祝辞を延べた後、次のように語っています。

私は現在、現政府により偽の証拠でテロリストに仕立て上げられようとしている。これは1976年10月6日の事件とまったく同じやり方だ。マスコミを使って王政打倒を企むコミュニストなどと宣伝、挙句の果てにテロリスト呼ばわり。二度も選挙に勝ったのにクーデターで政権を取り上げられ、でっち上げの罪で財産を強奪され、平和的手段で社会の公正を求めてきたのにテロリストの罪をなすりつけられている。
世界に向かって民主主義の国であるなどと恥ずかしい事を言うな。戦車を持ち出してその民主主義を求める質素な食事しか得られないような人々を百人殺し千人に怪我を負わせたくせに。
励ましてくれる人達にありがとう。民主主義の為に戦う戦士達にありがとう。私は諦めない、我々は将来のタイの子供達が公平な社会を得られるよう戦い続ける。
人々は困難に苦しみ社会は紛争の中、酷い国に見えるのは認めざるを得ない。法律や司法局は独裁の道具となり、法秩序も慈悲も無く怪しい者を駆逐するだけに使われている。
私はひどい目に会っているがどうでも良い、ただ機会を奪われ、利用される人々に同情するだけ。誇り有るタイ国とその国民を見たい。

とまぁ、いつも通りです。テロリスト容疑で捕まれば死刑になる可能性もありますが、タイの現政権による逮捕状を海外諸国がどう受け止めるかにも注目されますね。

追加 5-25:Thaksin says terrorism arrest warrant not unexpected -nation

テロ容疑の逮捕状が発行されたことについて、タクシン氏は「私を政治的に抹殺するという試みは2006年のクーデターから始まっており、今回もその一環としてDSIが命令されたのだろう」と語った。

Written by thaida

2010/05/25 at 16:16

カテゴリー: 政治経済

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アピシット首相、記録更新

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85 ศพ “อภิสิทธิ์”อันดับ 1 นายกฯที่คนตายมากสุดจากการต่อต้าน -voiceTV
タイ国のこれまでの歴史での民主化運動や反政府運動における政治集会での死者数。

  • 1973年10月14日、タノーム首相の時で、死者77人。今回の件が起きるまでは歴史上最多の死者数だった。
  • その3年後、1976年10月6日、セーニー・プラモート首相(民主党)の時は死者41人。
  • その16年後、1992年5月17日から19日、スチンダー首相の時は死者40人。
  • 2年前、2008年10月7日、ソムチャーイ首相の時は死者2人。
  • そして現在、アピシット首相で死者85人(負傷者は1189人、議会解散を求める政治集会が始まった3月12日から5月19日までの保健省によるまとめ)。

というわけで今回アピシット首相がタイ国の歴史における政治集会での死者数の記録を更新したということです。ただしこれは公式な記録であり、過去の事件では遺体が出てこなかった死者も多く居たと言われてます。

追加 5-25:
保健省発表による更新。3月12日より、死者88人、負傷者1885人。未だ17人がICUで治療中。
上の記事の負傷者数は、だいぶ間違っていたかもしれません。

Written by thaida

2010/05/24 at 12:36

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デモ隊鎮圧時のビデオ

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YouTube – Sniper Fire and Dead in Wat Pathuwanaram, Bangkok, May 19th, 2010
ラーチャプラソン集会場の隣のプラトゥワンナーラーム寺は女性や子供、老人の避難所として使われていました。タイの風習としては寺は神聖な場所とされ、集会参加者も当初は「ここに居れば安心だ」と思っていたようです。ビデオは集会解散後にここから出られなくなった外人記者やカメラマンの記録。朝5時50分、サヤームスクエア方面から前進してきた治安部隊による銃撃から逃げ惑う人々、足を撃たれて負傷した外国人ジャーナリストへのインタビュー、そしてここで撃たれて死亡した人々の遺体が写っています。

‘Is it OK to shoot foreigners and journalists?’
治安部隊のスナイパーに密着していたジャーナリストの記述。同僚の記者がスナイパーの照準範囲に居た為、電話でそこから逃れるように連絡していたようです。

YouTube – Troops Advance on Red Center in Day of Violence, Bangkok, May 19, 2010 Part 1
同じ方のビデオ、これも興味深いです。消火活動を行いつつもビルの上の治安部隊の狙撃から身を守る為にタイヤを燃やさなければならない人々。「なんで年寄りや子供まで撃つんだ、軍隊は南部へ行け」等という不平不満です。

この方は今もビデオをアップロードし続けているので興味ある人は見てみて下さい。

[追加 5-24: YouTube – นี่ไงกลุ่มไม่ทราบฝ่าย.wmv
「これ、どこの部隊?」というこのビデオも興味深いです。どうやら治安部隊と共に戦闘を行う私服の兵士の姿がTV11chのカメラに写り、偶然放送されてしまったようです。このような私服の兵士がデモ参加者や一般市民、果ては消火活動を行う消防士や救命士を銃撃したのではないかという噂です。]

今回の一連の事件の特徴は銃撃された記者やカメラマンが多い事です。どうやら記者が標的になっているという判断から、記者の人々は「記者の腕章を外す」ようお互いに呼びかけ合っていました。そのような状態だったにも関わらず現在も次々と様々な写真やビデオが公開されています。新しい記録が出る度に政府CRESは反論や釈明の発表を行っていますが、タイ国内ではそれで隠蔽できても海外では隠しきれない事柄も増えてきているように見えます。

これはデモ参加者の話なので真偽の程は分かりませんが、今回の一連のデモ隊鎮圧について治安部隊は500人程度の死者が出る事も予想していたそうです。政府としては「その程度の人的被害ならば容認できる」として鎮圧を決行、結果的には100人足らずの死者だったということで非常に満足している、という事です。

Written by thaida

2010/05/24 at 11:52

カテゴリー: 政治経済

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騒乱の後

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集会場跡や隣の寺の避難所からは集会参加者が置いて行った武器が見つかり、マスコミに公開されています。棍棒やパチンコ(スリングショット)等に加え拳銃や弾薬も見られます。拳銃等は内ケバで暗殺でもするならともかく軍隊と戦えるような武器では有りませんが、おそらく「このように武装してテロ活動をしていた」という報道なのでしょう。バンコク市民も「ほら、やっぱり」と納得するのかもしれません。

今バンコクで見えるのは、放火による数々の被害を確認し、悲しみつつも戦勝気分の市民達です。「力を合わせて町を掃除しよう」というキャンペーンも行われています。しかしここ数日間路上で死んだ50人程の者達については、誰に殺されたか、また誰が死んだのか、そんなことは知りたくもない、というのが市民の感情でしょうか。ただ「一括りのゴロツキ達」をやっつけたと思いたい。

実は死者達の家族親戚、その人々が根を張る地域社会はバンコクより遥かに広大です。騒動が終わった、と無邪気に喜ぶバンコク市民の姿が、その膨大な数の人々にどう写っているのか、それをバンコク市民は考えようとしません。人々の社会と階級間の差異はより明確化し、人々の溝はより大きくなったと感じます。

ある集会参加者は、「本当の敵は兵士でも政府でもない、善悪も正否も分からない社会、気取った嘘つきだらけの社会」なんて事を言ってました。

追加: エラワンセンター。
3月12日~5月19日のUDDデモに関連した事件での死者85人、負傷者1898人。

Written by thaida

2010/05/21 at 12:39

カテゴリー: 社会, 政治経済

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UDD集会終了

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外出禁止令の夜が過ぎました。昨夜までとは違い、現在は非常に落ち着いた様子です。

昨日5月19日の様子、今回も画像はたくさん出回ってますが今日もこちらのサイト。
Crackdown in Bangkok – The Big Picture – Boston.com

数日間の内戦状態の後、昨日ラーチャプラソン集会場にてUDDリーダー達が「これ以上の犠牲者を増やしたくない」として集会の終了を宣言、リーダーの内5人が警察に投降しました。テレビでは何度も銃声が響き渡る中でナタウット氏が宣言を行っている間、集会終了に納得できないデモ参加者の怒号が飛び交う騒然とした様子が中継されました。

その後バンコクの各所で放火が始まり、銀行の各支店、デパート、変電所、タイ証券取引所、3chテレビ局ビル等が焼かれ、ついにはセントラルワールドプラザがほぼ全焼するという予想外の大きな被害となりました。

政府CRESは夜8時から朝6時までの外出禁止令(18年ぶり)を発令し、バンコクの人々はスーパー等でパニック買い、コンビニは暗くなる前に次々と閉店する等、首都と近郊は騒然とした様子でした。そして騒動はウボン、コンケン、カラシン、ムクダハン等の各県にも飛び火し、ウボンでは県庁が全焼。政府はこれらの県を含む25程の県にも外出禁止令を発令しました。

バンコクで垣間見えたのは社会の低階層庶民の怒りに任せた破壊、そして地方では選挙結果も踏みにじる中央官僚の力による統治への反抗でしょうか。UDDカラシン県の人々の「国民IDカードを返却する」という行動も「タイによる統治の拒否」を示す特徴的な出来事でした。

UDDデモ集会は終了し現在は落ち着いた様子ですが、この出来事はタイの人々の大きな心の傷と悲しみを残したに違い有りません。今後どうなるのか、官僚と軍による力による統治という体制は変化するのか、地方の人々は今までのように中央官僚統治機構に従うのかどうか等、まだまだ先は見えない状況です。

追加: エラワンセンター発表
5月14日~20日の一連の事件。死者52人、負傷者401人。火災36箇所。

Written by thaida

2010/05/20 at 09:13

カテゴリー: 政治経済

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