タイだ。

タイで外こもりニートの日記帳。

赤服集会の様子

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「日曜は赤服」運動の集会9月12日は、アピシット政権下で軍によるデモ隊強制排除で死者が出た地域を中心に、約50人台の自転車による行進が行われた。
กลุ่มวันอาทิตย์สีแดงขี่จักรยานรอบพื้นที่ราชประสงค์ -prachatai (動画有り)
 
運動創始者ソンバット・ブンガームアノン氏(通称ボーコー・ラーイチュット)

来たる9月19日はクーデターから丸4年、強制排除から丸4ヶ月。強制排除により多数の死者が出たことに関して政府からの回答はまだ無く、市民が自らその答えを探し求めるものである。そして赤服はこの悲劇をまだ忘れていないと宣言するものである。
 
9月19日の活動は、2006年9月のクーデター、そして2010年のデモ隊強制排除での市民の損失を偲び、赤い風船一万個を空に放ち、一万本の赤い布をラーチャプラソン中に結ぶ。そしてダイング(死んだふり)を行い、19時には赤いロウソクを灯す。約2時間半の行程となる。
 
(近頃起きているの爆弾騒ぎについての記者の質問に) いかなる派によるものであれ暴力は正当化されない。警察との調整もきちんとできているので、追悼活動の間に何も起こらないことを望む。
 
(外人記者からの質問に) 自分は赤服リーダーでは無く活動を調整する市民、リーダーが無くても市民は活動を続けられると信じる。

 
丁度この時カッティヤー・サワディポン(ディアー)さんが運動応援の為ラーチャプラソン交差点に到着し、参加者達の歓迎を受けた。
 
17時過ぎ、自転車での行進はラーチャプラソン交差点を出発、ラーチャダムリ通りを走りプラトゥーナーム交差点からラーチャプラロップ通りへ。サマーパン君という少年が5月15日朝に銃撃により死亡した場所とラーチャプラロップ22入り口で一時停止し、家の中にまで銃撃で被害を受けた住人と会話。その後ラーチャウィティー通り、サンティパープ公園、(焼け落ちた)センターワン、戦勝記念塔、左折してパヤータイ通り、ラーンナム通りへ入って引き返してラーチャプラロップ、ラーチャダムリ通りを経てルンピニー公園のラーマ6世通り広場に到着。1時間程の行進の間、沿道の両側の市民が時折「兵士が市民を撃った」、「我々は忘れない」等の掛け声と共に手を振った。
 
一方ルンピニー公園のラーマ6世像広場では、5月13日に狙撃暗殺されたカッティヤ・サワディポン少将(セートデーン)を偲ぶ集会が行われており、「日曜は赤服」運動参加者も合わさって多くの人出となった。カッティヤ少将が外人記者によるインタビュー時に狙撃暗殺される場面を再現した後、娘のディアさん等がカッティヤ少将の遺影、赤い布と赤いバラを持って暗殺現場に行進。その後カッティヤ少将の略歴の読み上げ、赤いロウソクの点灯、献花等が行われ、追悼集会は19時頃に終了した。
 
追加: 関連記事。
 
go6: “น้องเดียร์” ผนึกกำลัง “บก.ลายจุด” เตรียมลุยราชประสงค์ 19กันยานี้
ディアーさんは前触れ無しに来た為、参加者達を驚かせた。「父の代わりに参加しに来た」と語り、19日の集会への参加を呼びかけた。父の暗殺場面の再現ではさすがに涙を滲ませていたようだ。暗殺場面の再現でセートデーン役を演じたのは、2ヶ月前にラーチャプラソン交差点で「ここで死んだ人が居る!」と叫んだ為に逮捕された活動家ナティー氏。

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