タイだ。

タイで外こもりニートの日記帳。

Archive for the ‘社会’ Category

報道の自由インデックス

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国境無き記者団による報道の自由インデックス2010年度版。
Press Freedom Index 2010
เสรีภาพสื่อไทยร่วงกราว 23 อันดับ หลังวิกฤตทางการเมือง
国別順位でタイ国は178ヶ国中153位、前回の130位から大きく下げている。

この団体による指標の特徴としては記者への迫害が大きくマイナスポイントとなるようで、今年のタイ軍による反政府デモ鎮圧で何人もの記者が狙い撃ちされて死傷しており、半年経った現在も捜査には全く進展が無い(捜査できないのか、させないのか)、という点がやはり大きなマイナスポイントでしょうか。

武力による迫害以外でも反政府的なメディアの検閲が大きな点ですね。例えば今年は反政府的なテレビ局、ラジオ局、新聞や雑誌出版社が次々と閉鎖されました。チェンマイでの出来事のように小さなコミュニティ・ラジオ局に警官隊が突入してくればもうお手上げです。政府寄りの大手メディアでもうっかりすればいつ同様な立場になるか知れず、言動には気を付けないと生き残れません。

そして圧力としての究極の道具がおなじみの不敬罪です。例えば大学教授が思想を語れば逮捕、王室について語ればまた逮捕といった具合で、逮捕後釈放された教授も居れば亡命して何年もタイに帰れない人もいます。メディア関係ではつい最近もニュースサイトprachataiの代表が何度目か逮捕されました。また、有名な女性運動家はその演説の内容が理由で18年の刑を宣告され、今も拘置されています。

もっともタイの場合は既に、政府派の市民がインターネット上の言動を監視して反王室的な市民に社会制裁を加えるというような事も起きていて、もう報道の自由どころじゃ無いわけですが。ソムバット・ブーンガームアノン氏(鏡基金、日曜は赤)の「話す事を禁じ、書く事を禁じ、考える事を禁じるのなら息をするのを禁ずるのと同じ事だ」という言葉がその問題の切実さを表していると感じます。

追加 10-29:
日本でもちょっと話題になったようです。
国境なき記者団による報道の自由ランキング 2010 -slashdot-japan

日本は昨年度の 17 位から順位を上げて、デンマーク、リトアニアと並んで 11 位となった。これは非常に喜ばしいことだが、日本でもネット規制への動きなど報道の自由を妨げる要素は依然として存在している。

 
日本の報道については海外の大メディア各社が伝えた日本での出来事を、国内主要メディアが一斉に無視したりということもあってここ最近は注目されているようですね。国内の重大な出来事が海外のメディアだけで報道される、というのはタイでも日本でもよく有る事のようです。

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Written by thaida

2010/10/21 at 17:36

当局動向

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10-14:
Troops deployed in Bangkok -bangkok post
バンコク及び近郊の50地区、1868の地域に軍兵士を配置。範囲は非常事態宣言の対象地域であるバンコク都、ノンタブリ、パトゥムタニ、サムットプラカンの各県全域に及ぶ。

当面は首都近郊のそこら中に兵士が居る状態になると思われますがびっくりしないように。兵士は攻撃対象になる可能性も有るので、武装している人達には基本的に近付かないようにするのが良いでしょう。

Written by thaida

2010/10/14 at 17:29

カテゴリー: ニュース, 生活, 社会

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道端での幼児ポルノ陳列に苦情(2)

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道端での幼児ポルノ陳列に苦情の続き。

10-7: スクムウィットの道端で幼児ポルノが公然と陳列されている事に住人や観光客が苦情、という話の関連での興味深い記事。
Child porn goes beyond Bangkok’s sleazy street vendors | The Lost Boy の抜粋意訳。

幼児ポルノのDVDやVCDがバンコクの道端で公然と売られているという問題がTwitterやタイ関連掲示板等のソーシャルメディアで話題となった。これらの議論はしばしば誤解され、大局を見失う事が問題だ。幼児ポルノのビデオが売られていることや公然と陳列されていることは問題の根源ではない。本当の問題は子供が搾取の対象となっている事だ。…

バンコクポストの記事にある証言、それがインチキだとは言わないが、大使館員だか外交官だかの証言は匿名な上に彼らが憤慨しているのは「それが路上で売られている事」に対してである。つまりそれが見えなきゃ何も言わず、子供の搾取が続いていく事にはおかまない無しということだ。それがエリートやら裕福層の玄関先に有って朝の通勤を台無しにすれば突然問題になる。

バンコクポストはその後の10月6日、警察発表に従って「囮捜査で観光客エリアのポルノ露天商を一掃」という記事をはめ込む。見出しでは幼児ポルノに触れもしないが。これはただの警察のショーである。露天商が捕まったのは本当だろうが結局何も変わらない。こんな事はプーケットでも度々有る。警察が数日間取締りを行って新聞に彼らの名前が載り、そしてまた以前の状態に戻るのだ。何も変わらない。本当の問題は露天商では無いのだ。

@RichardBarrow氏によるTwitterレポート「ショックだ、幼児ポルノが本当に路上に陳列されている。ジャケットには10歳以上と書いてある」これを見て他の何人もの人々が、「皆で連合して何か行動を起こそう」と奮い立つ。このような集団心理は人々の理解を妨げ、問題を深く掘り下げる事ができず、時に逆効果となる。

この事を念頭に私はいくつかの組織に連絡を取って反応を見た。これはバンコクポスト紙がやるべきことじゃないか?と思うんだが。

プラン・インターナショナル、チャリヤ氏(子供の権利アドバイザー)からの返答「露天商の手入れだけで終わってはいけない。その元を辿って誰が生産し、子供達はどこから来ているのか突き止めなければ」

しかし逮捕して終了とはいかない。子供達や家族、そしてコミュニティーと共に、子供の密売や性的その他の搾取から守ることが重要だ。
またECPAT(子供達を守る為のグローバルネットワーク)はこれに関する問題追求を進めると約束した。

その他の組織からの返答が有ればそれもここに含めるつもりだ。とは言え私の目的は人々が衝動的な行動を起こす前にこの記事を公開するであったが。

(省略: 上記の各組織がどのような活動をしているか紹介している。それらは実際に問題に取り組んできているが、それが充分に知られていないのだという話。そしてエセ専門家が活躍するソーシャルメディアで人々が様々な問題に飛び付く現象について。この筆者はジャーナリストとしてこの問題に関連するストーリーも書いてきたが、問題について知りたければ専門家、例えばECPAT、プラン、ワールドビジョン等に聞くだろう、という話。)

本当に子供が搾取されてスクムウィット通りでDVDやVCDとして売られるのを止めさせたいのなら、理解しなくてはいけないことは、これはグローバルな問題であり、街の露天商を全て監禁しても無くならない問題だということだ。(後略)


追加 10-8:
twitterコミュニティでこの問題について最近特に熱くなっている@freakingcat氏による露天商が案内する秘密倉庫への隠し撮りレポートをCNNが転載している(本人はCNNから連絡が無いと不満なようだが)。
Child Porn DVD sold publicly in Bangkok’s tourist area – CNN iReport / 転載元

@freakingcat氏は以前テスコ・ロータス駐車場でバイクを盗まれた事が発端で、テスコの駐車場で度々起きる自動車バイクの盗難についてテスコ側が全く無関心な上、テスコの警備員と窃盗団との間に繋がりがあるのではないかという疑惑をもって追求活動を行っていた。

Written by thaida

2010/10/07 at 13:17

カテゴリー: 社会

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道端での幼児ポルノ陳列に苦情

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バンコクの主な観光客の通り道であるスクムウィット通りでは、ハリウッド映画に混じって幼児ポルノのビデオが商品として堂々と陳列されているという苦情が住民や観光客から寄せられているとう記事。
Bangkok Post : Child porn on streets stirs outrage
Open child porn trade outrages Bangkok – UPI.com

興味深いのが匿名の役人の談。

タイの法律でもわいせつ物の流布や展示は禁止されており、「3年以下の懲役または6千バーツの罰金、あるいはその両方」という罰則も有る。そこに陳列されているのだから警官か当局者がそこに行って商品を押収して捕まえれば良いわけで、大した捜査も要らないという簡単なケースなのだが、問題は誰かがそこに行って実行しなければならないということ。
つまりこの商売の元締めが「有力者」なのでそれを実行できる者が居ない。ペッブリー通りのパンティッププラザ近くの24時間休日無しでオープンしているカジノも同様。そこの従業員や運営者は「アンタッチャブル」なのだよ。
スクムウィット通りでこれだけ見られる幼児ポルノ商品の陳列がシーロム通りではほとんど見られないのはなぜか。それはシーロム通りがバンコク警察署の管轄で、ルンピニ警察署の管轄であるスクムウィット通りとはルールが違うという事だね。


まぁこれが元来のタイの姿かもしれませんが、アピシット政権下での旧利権派の復活とそれに伴う更なる汚職の蔓延がこういう所に現れているんじゃないかと感じます。

追加 10-6:
Twitterでのレポートで有名な@RichardBarrow氏によると、このニュースが大々的に流れた後の10月6日、スクムウィット通りでは相変わらず幼児ポルノがあからさまに陳列されているのを確認。露天商は「興味が有るなら他にもたくさん有る」と誘ったそうです。取締るならファラン(西洋人)の覆面警官を使うべきだろう、とのこと。

Written by thaida

2010/10/04 at 09:40

深南部

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Thai army ‘risks lives of schoolchildren’ -ANN

HRW(ヒューマンライト・ウォッチ)のレポートによると、南部の治安部隊の兵士達は安価で便利な方法として多くの学校の敷地に基地を設置し、生徒達のすぐ近くに住んでいる。学校を土嚢や有刺鉄線で要塞化し、監視塔を設置している所も有る。その結果、多くの学校が攻撃の的となり、生徒達を危険に晒している。また若い兵士達が常にそばにいる事も、女生徒やその親達を不安にさせる。

ナラティワートで二人の仏教徒の教師が銃撃で殺される数日前、「仏教徒の教師20人の死を求む」というビラが見つかっている。

2004年に小休止していた後の戦闘激化以来、深南部三県とソンクラー県の一部では135人の教師と学校職員が殺さ、それ以外にも103人の教師と19人の教育関係者が負傷している。

HRWシェパード氏「悲しいことに深南部で教師になるということは、自らを紛争の最前線に置くという事だ。」

過去のインドネシアのアチェの例と同様、タイ南部の分離派は教師を殺し、仏教国のタイの統治のシンボルとしての学校を焼き払う。2004年以降、少なくとも320の学校が焼き討ちの標的となった。ムスリムの教師でさえも政府に協力する者であるとして攻撃され殺されている。

一方いくつかのイスラム系の学校は過激派の教師が居ると疑われ、治安部隊からの標的となっている。ある学校は急襲捜査され、小さな子供を含む全ての生徒が逮捕されたが何も見つからず、軍はその後釈放して謝罪している。

シェパード氏「軍キャンプを設置するのに便利だからといって、政府は子供の教育を妨害するべきではない。分離派リーダーは教師や学校への攻撃を止めるべきだし、政府は学校を軍基地として使ったりイスラム系学校での無闇な逮捕を止めるべきである。子供達を傷つけ、さらなる反乱を煽ることになる。」


学校や教師が標的になるケースが非常に多いんですが、やはり治安部隊の存在も大きな要因のようですね。

Written by thaida

2010/09/22 at 18:35

カテゴリー: 社会, 政治経済

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グレネードで死にかけた

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5月19日、取材中に重症を負った外国人記者の記述。
The Nation’s State: Almost killed by an M79 grenade

(以下意訳)
赤シャツのデモを2ヶ月に渡って取材した後の5月19日、M79グレネードに被弾し私は危うく命を落とす所だった。

タイ軍がデモ隊も市民も記者も無差別に銃撃していたことを考慮し(カナダ人の友人は3発撃たれてかろうじて病院に生きて辿りついた)、私は戦術を変えて兵士と行動を共にしていた。

しかし赤シャツのデモ隊、黒シャツと呼ばれる者達もまた武装し銃撃を行っていた。私はルンピニー公園の外側のラーチャダムリとサラサンでの銃撃戦を写真撮影していた。

兵士達と共に隠れていた所、黒シャツは空っぽの道めがけてM79グレネードを連射してきた。ルンピニー公園内に2発、シーロムの近くに1発、そして私を含む兵士のグループめがけて1発。

破裂したりゅう弾の24の破片が私の背中と足を貫き、肋骨を何本か折り、肺と腸に突き刺さった。

さらに3つの破片が後頭部に刺さって私の頭蓋骨を砕いて脳に達した。ある記者が後で語ったところでは、私の頭蓋骨の破片が地面に落ちていたのを見たそうだ。

私は意識を失って多量に出血し、目は開いたまま放心していた。現場に居た軍医は私の脈を取ったが見つけられず、私の死を宣告した。
そしてその恥知らずな野郎は私のカメラを盗んだ。

そして直ぐに記者たちがやって来て私が呼吸しようとしているのに気付き、大急ぎで病院へ運んだ。

実際のところ、周囲ではまだ機関銃による銃撃が有るにも関わらず、記者達と市民は大きなリスクを冒して私を助けたのだ。彼らの行為に私は深く感謝している。

3日後、シーロム通りにあるICUで私は目覚めた(見たところ既に会話していたそうだが私には記憶がない)。

りゅう弾によって割かれた傷は7週間もの間出血が止まらず、折れた肋骨はずきずきと痛み、左耳の聴覚が失われて混乱するし、頭の怪我が最も心配だった。

破片は頭蓋骨を貫いて私の脳に達した。神経外科医は二つの破片を取り除くことができたが三つ目は取り除くには危険過ぎたため頭の中に留まっている。

右半身全体が完全に麻痺していた。また視覚と物体の認識に重大な問題が有り、鏡に写る自らの姿さえ認識できなかった。
にもかかわらず3週間後、私は足を引きずりながら退院し、騒々しい担当医師や皆を驚かせた。

そして3ヶ月後、少々の永久に残る傷害と共に私は現れた。聴覚障害、多くの傷跡、見苦しく引きずる足。しかし私は歩き、職場に戻っている。

言うまでもなくブログを書くのは休み、物理療法と仕事に集中している。

しかし、終わりには程遠いタイの政治的混乱の事を思えば、長い休みにはならないだろうと思っている。

Written by thaida

2010/09/16 at 16:54

カテゴリー: 社会

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王の国と国民の国との戦い

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ทามาดะ โยชิฟูมิ (Tamada Yoshifumi) การต่อสู้ของรัฐ Monarch Vs. รัฐประชาชน

8月24日、京都大学のTamada Yoshifumi教授(玉田芳史教授でしょうか)を招いてのチェンマイ大学での会合の記事。教授はタイやアセアンの研究でとても高く評価されているそうです。海外の学者はタイの政治をどう見ているのか、ということで注目されたようですね。

以下抜粋。間違いが有ったらご指摘お願いします。

2003年から2006年、タイの民主主義はまだ許容されるレベルだった。政治的権利の面、国民の自由度の面においてどちらも2~3と評価(7段階で1が最も高い)。しかし2006年のクーデター後はそれぞれ7と4という評価、現在ASEAN諸国で4番目のレベルとなっている。

タイの政治状況は、手短に言えば悪化している。始まりは2006年9月19日のクーデター、いわゆる権力の奪い合いのひとつ。続いて2007年憲法の強制。これは民主党から首相を出すことを望んでの選挙の為の道具だった。

ところが民主党は選挙に負け、アピシットとその仲間が水面下で表に見えない権力との交渉を始める。同時に黄色派がバックに大きな後ろ盾を抱えての活動を行い、空港を占拠する。結果として支配階級の後ろ盾でのアピシット政府が、プアタイ党とのロビー活動を経て誕生。

しかし様々なグループの手助けで成り立つアピシット政権には利益分配の要求が絶えず、これが政府の自由を奪っている。

政府への不満は高まり、赤服による抗議活動での4月10日、5月19日の事件は死者を出すことになる。このような事態になれば普通ならアピシットは持ちこたえられないのだが、マスコミがアピシットのためにその過ちと死者を隠す役割を演じ、これが真実を覆い隠した。

一連の出来事は”善人(コンディー)”派と”タクシン”派との戦争だとは思っていない。ほとんど一方が攻めるだけの不平等な戦争であり民主主義でもないことは確か。民主主義は言わば、明確なルールが有るが結果は不確かであり、前もって結果は分からないもの。そうで無ければ民主主義とは言えない。従って民主党が選挙を許せば結果が転がり込んでくるなどというのは民主主義では無い。

トンチャイ・ウィニッチャクーン先生によると、クーデターを支援するのは:

  1. 都市部の上流階級(vs.貧困層)
  2. 官僚の権力(vs.国会議員)
  3. 君主制主義者(vs.タクシン)

君主制主義者は彼らの理想国家がタクシンと相容れない為タクシンを嫌う。では彼らの言う民主主義とは何か。

  1. 枢密院は政治に介入する権力を持つという民主主義。
  2. 国民は単に国王のしもべで有り、一般市民ではないという民主主義。
    (?: ประชาธิปไตยที่ประชาชนเป็นได้เพียง ข้าแผ่นดิน ไม่ใช่ พลเมือง)
  3. 選挙は民主主義の指標では無いという民主主義。
  4. 検査も責任も無い民主主義。
  5. 軍隊が世話をする民主主義。

民主主義による統治には様々なスタイルがあるが、タイでは首相と君主制が共に権力を持つというもの。首相と大統領というスタイルとは異なる。後者は大統領は選挙で選ばれ、両者がパワーバランスを持つことが重要。憲法がその権力を明確に規定するのが重要で、そうでないと権力の奪い合いという問題が起こる。

タイ式の統治制度の特徴は首相と君主制。しかし憲法が君主制の権限を明確に規定していいないのが問題。首相の能力や君主制との関係によって権力の浮き沈み、変化が起きやすい。だから君主制主義者達は自らの利益の為に君主制に頼る事になる。

選挙システムによる政治が始まるとタクシンの権力と人気は急激に上昇する。君主制主義者達は驚き、利益を失うのを恐れる。だからタクシンに反抗する。

そして国民は黄色だの赤だのと階級間の抗争に加わるようになる。黄色と赤とで似ている部分、それは中間層。

  • 黄色派は選挙を嫌う。政治家は嘘つき、悪人。クーデターを歓迎し、殺された人々を罵る。階級差を良しとする。
  • 赤派は選挙を望む。議員の利益にすがる事ができる。クーデターは容認しない。国民を殺す命令を出した者を罵り、国民は平等だと思っている。
  • 選挙から利益が得られない君主制主義者は、国民は愚かであり、議員は票を買収してインチキを行っているので選挙は不正であると攻撃する。

国民は愚かで貧乏で低学歴という攻撃、これはある裁判官の発言にも見られる。「1600万票掛ける1000バーツで160億バーツ。เอาคืนได้อย่างสบาย(※どういう意味?)」裁判を行う権限を持つ者がこのような発言をするのには唖然とする。日本ならとっくに辞めさせられている。

そういうわけで黄色、赤、両派に不満が有る。赤派は9月19日のクーデターに不満、アピシット政権の成り立ちである二重基準(不公正)に不満。一方、黄色派は多数派の原則(マジョリティー・ルール)に不満。今まで自らに有益だった経済面で不利となる。社会が変わるのが嫌い。

このような政治には出口が見えない。興味深い問題として、いったい両派とも今誰と戦っているのか分かっているのかどうか。黄色が戦っているのはタクシン?5年間徹底的に攻撃してきてまだ勝てない?資金源を破壊しつくしていないから?一方、赤服派については「誰と戦っているのか分かっているのか?」というのはアヌポン大将のかつての言葉。個人的な見解としてはこれは、王の国と国民の国の戦いと見ている。

最後に言いたいのは、民主主義は選挙を否定できない。国民を否定できない。そうじゃなきゃ民主主義では無い。

Written by thaida

2010/08/26 at 14:13